Blogの情報的価値

 ET研究会RSSに対するASPサーチエンジンなど)の今後の展望について発言したが、ここで関連するエントリを引用しながら補足しつつエントリを書いてみようと思う。直感的に思ったことを書き連ねているので、おかしいところがあったらどんどんコメントをいただければありがたい。

 R30さんが【ブログと情報強度】というエントリをアップしていた。

[R30]: ブログと情報強度(その3)ローエンド破壊されるマスコミ

 一方でブログの情報は、マスメディアが流すニュースやコラムに比べれば、確かにまったく取るに足りないクオリティしか持ってない。少なくとも、99%はそうだ。だが、ほとんどは「無料で」しかも「関心事のキーワードをgoogleに入れて1クリックするだけで」すぐに手に入る。1つ1つの記事のクオリティは低いかもしれないが、トラックバックなどで関連するブログをざっと見れば、少なくともそのテーマの問題点が奈辺にあるかはだいたい分かる。

 Blogは、ジャーナリズムに、市民権をもたらしたといえそうであるが、ブロガーは、2つのタイプに分かれるようだ。1つ目は、インフォミディアリやカタリストのような、単に情報をキャッチし、エントリするだけの媒介ブロガーだ。2つ目は、情報に対して考察や関連データを組み合わせて新しい知識や情報の付加価値を生み出すクリエイティブブロガーだ。これらは、私が勝手に付けた名前だ。前者は、クオリティが高いとは言えないと思うが、後者は、クオリティが高いと思う。情報があまりにも溢れすぎて、本当に価値のある情報に出会える確率が低くなっているため、全体としてクオリティが下がっているように見えるのではないだろうか。

 また、ロングテール的に見た場合、1つのエントリに対して複数のトラバによって連鎖的に議論がなされて、そのプロセスを通して新しい価値が生み出されることはよくあることと思う。しかし、そのような議論の連鎖をサマライズできるスキルを持っている人がわずかであるということも、情報全体のもつ価値を見落とす原因となっているのではないだろうか。

 すでに米国のメディア企業は、インターネットとの間の競争の主戦場が「コンテンツのクオリティ」ではなく「デリバリーのプロセス」に移ったことを認識している。

 同感である。多くのBlogが対応しているRSSも、リアルタイム配信が可能であり、ニュース性が重視されているように思う。ただ、その一方で、媒介ブロガーによるエントリは、重複するモノが多く、シノニムが発生し、検索の精度の低下を引き起こしているように思う。Googleなどのサーチエンジンの検索アルゴリズムは、参照回数のランキング順になっているが、今後は、推論的なアプローチが必要になってくるのではないだろうか。セマンティックWebのように、情報の選択・収集を自動化し、意味のある情報(単一のエントリに限らず、関連するエントリも含む)を引っ張り出してくる機能が必要になってくるのではないだろうか。そういった意味で、テクノラティRSSサーチエンジンは、将来有望な分野ではないだろうか。
 セマンティックWebが実用化し、本当に価値のある情報を探し出して来て提供できるようになれば、主戦場は、「コンテンツのクオリティ」に戻ってくるのではないだろうか。ただし、ここでいうコンテンツは、従来のホームページ上にあるHTMLファイルではなく、セマンティックWebが生成したファイルだ。

 また、切り込み隊長さんが、【情報の三層化】というエントリをアップしていた。

http://column.chbox.jp/home/kiri/archives/blog/main/2005/03/31_152537.html

 情報は多く人間の考える能力は乏しいのだから、誰の目を使って見、誰の耳を借りて聴くかという取捨選択を迫られる。そこで自分が情報を取りに逝く、あるいはまだ情報になっていないデータを持ってきて考察を加える、という工数にどれだけ労力をかけられるかが、その人が持つ情報能力の担保となっているような気がする。

 情報リテラシの高い人であれば、情報からその持つ意味を見出すことが出来るが、そうでない人には、わざわざ工数をかけるメリットは薄いのかもしれない。Blogは、ある意味では、デジタルデバイドを拡大するトリガーとなるような気がする。その格差を埋めるためにも、セマンティックWebに期待するところは大きいのではないだろうか。

 CNETでも渡辺さんが以下のような関連するエントリをアップしていた。参考まで。

http://blog.japan.cnet.com/watanabe/archives/002043.html