言語におけるデバイド

前回は、非言語におけるデバイドというエントリにて非言語におけるデバイドについて考察した。今回は、言語面について考察を進めようと思う。

言語には、大きく分けて、視覚言語と音声言語に分かれるのが通説です。

音声言語:聴覚を利用する言語

★音声言語(Wikipedia)

音声言語は1次元的(リニア)に認識されるため、聴覚で認識した順序を、人間のコミュニケーションや相互作用を統べる規則として使う。

Wikipediaには、音声言語に、呻き声などの非言語も含めているが、議論の都合上、ここでは考慮しないこととする。

★視覚言語
視覚言語:視覚を利用する言語

視覚は3次元的に認識されるため、空間的位置を、人間のコミュニケーションや相互作用を統べる規則として使う。また、視覚で認識した順序も同時に規則として使う。 視覚言語には、文字、動作・表情語、点字、結縄文字、手旗信号、合図などがある。

言語におけるデバイドには、大きく分けて、以下の2通りに分けられると考えている。

視覚言語・音声言語共に、人間が持つ感覚(視覚・聴覚)を使用して、情報発信者(話し手・書き手)から発せられた一定のルールに基づいた言語としての情報をキャッチしている。もし、感覚に何らかの障害(遺伝などの先天性障害や病気・事故などの後天性障害)や衰え(老化)が有った場合、情報発信者の伝えたい内容を十分に受け止めることが出来ない。ここに【感覚上のデバイド】が生じると考えている。

この【感覚上のデバイド】を解消するためには、現時点では2通りの方法がある。

  • 理解可能な残能力を利用して、代替言語に置き換えて伝える(手話通訳、音声認識ソフトなど)
  • 残能力が理解可能な程度に、情報を増幅して伝える(補聴器など)

もう1つは、言語教育が何らかの原因で不十分だったため、十分に言語を獲得出来なかった場合である。原因としては、以下の2点が考えられる。

  • 言語政策問題
  • 言語教育問題

【言語政策問題】とは、政府が公用語を決定するため、自分の感覚に一番マッチした母語を使えない可能性がある。つまり、生活するに当たって、不得手あるいは抵抗のある言語を使わなければならないというハンディを背負う形になる。

★公用語(Wikipedia)

公用語(こうようご)とは、国、州、国際的集団など、ある集団・共同体内の公の場において用いられることが認められている言語。複数の言語が公用語に指定される場合も多く、この場合、国家(あるいは集団)は、どれか一つの言語だけを使用する国民(や構成員)に対して不利益を与えないように、必要な場面において複数の公用語を併記したり、互いに通訳したりする。

★母語(Wikipedia)

母語(ぼご)は、幼児が最初に覚える言語。第一言語とも言う。

日本の場合、大抵は、母語=公用語・母国語であるが、マイノリティ(小人数)にはこれにあてはまらない人が日本にも存在するので注意が必要である。例えば、アイヌ語母語とするアイヌ民族や日本手話を母語とする聴覚障害者がそうである。これらの人々は、母語ではない、公用語を使って生活しなければならないため、アイデンティティのゆらぎや分裂などのハンディを背負うことになり、それが【言語獲得上のデバイド】の原因となりうる。

★ろう者のアイデンティティ(第8回ろう教育を考える全国討論集会第4分科会レポートより転載)

 バイリンガル教育の主要な問題点は、次の通りである。第2言語習得には、「融合的動機」と、「道具的動機」の2つがある。「融合的動機」は、新しい言語集団のアイデンティティを獲得しようとする願望を持って第2言語を学ぶことである。また、「道具的動機」は、実利のために第2言語を学ぶことである。いずれにしても、効果的な第2言語取得には、アイデンティティの変化(転移)(identity transfer)が、必要である。しかし、多くの場合、アイデンティティの変化(転移)でなく、「ゆらぎ」または、「分裂」を起こす。例えば、日本手話を第1言語として獲得した後、第2言語として日本語を獲得する場合、「多数派である聴者の崇拝と少数派であるろう者の自己卑下」に基づいた否定的な自己像が、生じやすい事がある。ここで、気を付けなければいけないのは、第2言語を獲得する人が、自ら必要としてアイデンティティの「ゆらぎ」または、「分裂」を起こしたのではなくて、そうならざるを得ない現状にいることである。原因は、これまでも述べたように、少数派の言語(日本手話)や文化(ろう文化)が、社会的に広く認知されておらず、社会的な差別の対象になっているからだ。この現状では、第1言語を日本手話、第2言語を日本語とした場合、加算的バイリンガル(第1言語を維持しながら第2言語を習得する)ではなく、減算的バイリンガル(第2言語を習得する過程で、第1言語を忘れたり、あるいは意識的に使わないようにする)になる可能性が極めて高い。言語は意識と直結しており、言語の単一性は、意識の統一性やアイデンティティの安定性につながるので、結果として、ろう者の各個人が度合いの異なる言語を使用すると、ろう者としてのアイデンティティは育ちにくくなる事が考えられる。

 上記の引用箇所中にも出てきたが、バイリンガル教育のような【言語教育問題】として、主に以下の2つの問題があると考えています。

  • 生徒のアイデンティティを確立するのに最適な言語を選択していない
  • 言語の性格にあった教育を施していない

前者は、多くの場合、関係者(医療者、教育者、保護者)など他人が決めるため、本人の意志が尊重されない可能性がある。これは、本人が幼少ということが多く、難しい問題がある。
後者は、教育者が、言語の性質を良く理解していないため、最適な教育を施すことが出来ず、言語教育の効果が余り出せないケースがある。マイノリティな言語を教育する場合、頻出の問題である。

本当は、個々のケースについて具体的な例を書きたいのですが、スペースと時間の都合で割愛します。

解決策としては、上記のレポートの再引用になるが、

 第1に、ろう教育の早期段階において、ろう児が、ろう者のアイデンティティは、2つの自己概念から成立している事を理解し、その事実を受容しつつ、ろう者としての肯定的な自我像を確立出来るようにすべきである。具体的な手段としては、聴者との関係におけるろう者の自我の葛藤を確認するために、聴者と交流教育を行うことなどが挙げられる。さらに、日本手話を使用する自己と日本語を使う自己との間に、相互に補完するような関係を意識的に求めると、ろう者としてのアイデンティティは失われることを教えるべきである。

第2に、ろう者の自我の中の「抑圧」を知り、その歴史的ルーツと、そこに潜む支配関係を認識するために、過去のろう者運動の中で、どのようにして先輩方が、ろう者の様々な生活上の問題を克服・解決したかを学ぶ事が、重要である。

第3に、ろう者の統一的なアイデンティティには日本手話が不可欠であることを認識し、日本手話を大切にする心−すなわち、母語尊重主義を育む教育が必要である。また、ろう文化の独自性を理解させ、聴者に認めてもらうための一層の努力が不可欠である事を理解させる事も必要である。さらに、聴者にろう文化について理解してもらうため、聴者の世界に進出する為のスキルを身につける教育も必要である。そのためには、日本語教育も必要である。その一方、日本手話の言語としての地位を揺るぎないものとする研究・ろう文化の定義を明確にする研究、そして、日本手話のろう教育への導入に関する実験的研究の更なる進展が必要である。

が有効であると考えます。つまり、以下の3点が【言語獲得上のデバイド】の解決に重要と考えています。

※言語というと、ほとんど聴覚障害者に関わることなので、聴覚障害者のことばかり、書いてしまいましたが、本当はそれ以外にも様々な特殊なケースがあるのですが、それは、又の機会に書きたいと思います。